天幕のジャードゥーガルをイスラム圏とモンゴルはどう見たか。海外の反応の海外は、どこの国なのか
Who Is "Overseas," Exactly? Jaadugar Through Iranian and Mongolian Eyes, and Yasmine Through Filipino Ones
“モンゴル人だけど、この漫画が本当に大好きなんだ。俺が思うに、モンゴルの歴史と文化をここまで正確に、しかも分かりやすく描こうとした最初期の漫画のひとつだよ。もちろん日本人作家が描いてる以上、細かい間違いはちょいちょいある。でもそれでいい。マジで名作だ。”
天幕のジャードゥーガルの海外の反応を探しにうちへ来る人の検索語が、夏の途中から変わった。海外の反応、ではなく、イスラム圏の反応、モンゴルの反応、イランの反応。スト6のヤスミンだと、フィリピンの反応と、そもそもの国籍。つまり、海外ってどこの国のことだよ、という問いだ。毎晩コメント欄を訳している僕には、この問いに答える義務がある気がしている。先に言っておくと、YouTubeのコメントには国籍欄が無い。僕に分かるのは、自分から名乗った人の国だけだ。そしてこの夏は、その名乗りが異様に多かった。
名乗りから始まるコメントが、今年いちばん増えた
普段のコメント欄で、自分の国を名乗る人はそんなに多くない。作画がすごい、泣いた、次回が待てない。国はどこにも出てこない。だから僕は、海外の反応と書きながら、その海外が英語圏なのか、英語で書いている世界のどこかなのか、正直分からないまま訳している夜がほとんどだ。
天幕のジャードゥーガルは違った。本PVのコメント欄の上のほうに、モンゴル人だけど、と名乗る一言が2,758いいねで座っていて、その下にイラン人だけど、パレスチナ人だけど、インドネシア人として、ムスリムとして、と名乗りが続く。名乗ってから感想を言う。この順番が、僕には新鮮だった。自分がどこの誰かを先に置かないと、この作品の感想は言えないと、みんなが感じているように見えた。
訳しながら、少し背筋が伸びた。これは英語圏の反応じゃない。描かれた側の反応だ。
イスラム圏の反応は、感謝から始まって、浴場で割れた
一番いいねを集めていたのは、ファーティマの台詞だった。奴隷であろうとなかろうと、知を求めることはすべてのムスリムの義務だ。本PVのコメント欄ではこの台詞を引いた一言が1,862いいね、リアクション動画のコメント欄でも同じ台詞に1,177いいね。その下には、あれは預言者のハディースの引用だと解説するコメントが995いいねで付いていた。僕はその解説を読んで初めて、あの一行の重さを知った。
“このアニメ本当に誇らしい!! 俺はイラン人じゃなくてパレスチナ人だけど、この作品が文化への純粋なリスペクトを持って作られてるのがはっきり分かる。ビジュアルは全部美しいし、だいたい正確だし、絵柄がめちゃくちゃ可愛い!! 一度くらい、何も問題のない作品があってもいいよな😂”
誇らしい、清涼剤みたい、一度くらい何も問題のない作品があってもいい。感謝の言葉が並ぶ一方で、コメント欄が唯一はっきり割れたのが浴場のシーンだ。あれはオリエンタリズムじゃなくて、日本人が思う銭湯から来た盲点じゃないか、と心配する長文が1,220いいね。それに対して、ムスリム圏出身の女だけど私のところのハンマームではあれが普通、という返しが316いいね、チュニジアでも同じという声が241いいね。冒頭の声は砂漠の音楽じゃなくてアザーンだと訂正するコメントも、170いいね付いていた。
イスラム圏の反応、という検索語でここに来た人に伝えたいのはこれだ。イスラム圏は一枚岩じゃない。イランとパレスチナとチュニジアとインドネシアが、同じコメント欄で同じ作品を観て、同じ場面で意見を分けている。海外の反応をひとつの声にまとめる仕事をしていて、いちばん後ろめたくなる瞬間がここにある。
モンゴルの反応を、日本のコメント欄が観ていた
モンゴルの人の反応で目立ったのは、驚きだった。まさかモンゴルを題材にしたアニメが出るなんて生きてる間に想像もしなかった、という声が84いいね。実際にモンゴル語を喋っていて、それがちゃんと聞き取れる、という驚きが48いいね。そのモンゴル語はモンゴル出身の力士たちが担当していて、本職の声優が話すのは通訳の少年だけだ、と解説するコメントが37いいね。アニメーションでモンゴルが完璧に描かれたのを見たのはこの作品が初めてだ、という一言もあった。
ここからが、両面のコメント欄を訳している僕にしか見えない景色だと思う。日本側のコメント欄が、モンゴルのコメント欄を観ていた。
“モンゴル人の「モンゴルを悪く描きすぎだ😠」というコメントが出る度に 「事実だろ。むしろここで描かれている以上に各国を蹂躙したぞ😡」とモンゴルの襲撃に遭った国々の反論が出るのが面白い😅”
同じコメント欄に、中東で作ればモンゴルは鬼畜の集団に、モンゴルで作ればファーティマは史上最悪の魔女に描かれたはずで、どちらにも寄らないから物語に奥行きが出る、という読みが56いいね。三話切りを語る動画のコメント欄には、普段あまり見かけないモンゴル圏の人のアニメ感想ツイートを見かけるのが新鮮でとても良い、という一言が21いいねで残っていた。
日本のファンが、モンゴルの視聴者の気持ちを想像している。モンゴルの視聴者は、日本人が描いた自分たちの祖先を観ている。その両方を、僕が一人で訳している。訳している途中でこの構図に気づいて、ちょっと笑ってしまった。
ヤスミンの国籍を、フィリピンのコメント欄が先に答えていた
話をゲームに移す。スト6のヤスミンのゲームプレイトレーラーのコメント欄は、公開直後から一つの国の色をしていた。ハーフのフィリピン系でこういうキャラをずっと待ってた、が146いいね。技名のサンパギータはジャスミンの一種で、だから名前がヤスミン、しかもサンパギータはフィリピンの国花、という解説が664いいね。髪型はフィリピンワシの冠羽で、カランビットはその鉤爪だという読み解きが、リアクション動画のコメント欄では750いいね。技名を全部タガログ語から訳してくれた人までいた。
ヤスミンの国籍、と検索してここに来た人へ。公式の設定文をここに写すことはしない。ただ、コメント欄でフィリピンの人たちが自分たちの国花とワシと言葉を一つずつ指差していて、僕はそれを訳しながら、これ以上の答えは無いなと思った。フィリピン人の女として、Maxがタガログ語の発音に挑戦して途中で完全に諦めるのを見るのが面白かった、という一言が279いいね。フィリピン人ンンンン、と叫ぶだけのコメントに453いいね。
天幕の名乗りが誇りと緊張だとしたら、ヤスミンの名乗りは祭りだった。フィリピンの友人たちみんな、良いキャラを手に入れたみたいで嬉しい、という外野の祝福が319いいね。祝う側と祝われる側が同じコメント欄にいる。訳していて、こっちまで嬉しくなる夜だった。
で、僕はどうやって国を見分けているのか。見分けていない
ここが、このコラムでいちばん正直に書きたいところだ。YouTubeのコメントに国籍は付いていない。名前は英語のハンドルで、書いている言語は英語。それだけの情報から国を当てるのは、推測というより決めつけになる。だからこのサイトでは、名乗った人の国だけを国として扱う。イラン人だけど、と書いた人はイランの反応。何も名乗っていない人は、海外の反応のまま。
それでも、訳していると見えてくるものはある。英語の中に別の言語が混ざる瞬間だ。インドネシアからサラーム、と締めるコメント。タガログ語の技名をそのまま書けるコメント。モンゴル語が聞き取れる、と言えるコメント。逆に、僕が英語圏と呼んでいるものの中身も、実はよく分かっていない。アメリカとイギリスとオーストラリアの区別は、名乗りが無ければ付かない。
だから、海外の反応という言葉を、僕は毎晩少し後ろめたく使っている。本当は、英語で書かれた世界中の反応、が正しい。天幕とヤスミンの夏は、その世界中が、それぞれの国旗を持って前に出てきた珍しい季節だった。
海が無かったら、という日本の反応
最後に、日本側の一言を置いて終わる。天幕の1・2話に付いた日本のファンの反応で、149いいねを集めていたコメントだ。
“ノーマークだったけど見たら滅茶苦茶刺さった。日本も海が無かったら元寇でこうなってたんだよなぁ…。”
モンゴルに征服された側の子孫が、モンゴルの側の物語を観て、自分たちも危なかったと呟く。海外の反応の海外はどこの国か、と聞かれたら、僕はこの夏、こう答えることにした。描かれた国と、描いた国と、危うく描かれる側になりかけた国。その全部が同じコメント欄にいる。訳す側は、そのどこにも属さずに、ただ全部読む。
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